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【プロフィール】究極の美少女ブロガーゆずってこんな人

こんにちは!当ブログを運営している柚葉(@yuzu____23)です。

「ママ=子育て」という固定概念を壊し、「子育てと仕事の両立をしながら可愛く美しく」いられるママをもっと増やしていきたいというコンセプトで発信しています( ^ω^ )

このブログを読んでくれた方が、これからの家族のあり方・働き方・女性としての美に対する意識を見つめ直すきっかけになってもらえたら嬉しく思います。




【簡単なプロフィール】

名前:後藤 柚葉

生年月日:1997年3月23日

出身・在住:福岡県

家族構成:私(22歳)・旦那(23歳)・娘(3歳)・第2子妊娠中

好き:ゴルフ(AVG70台)・麻雀・旅行・カラオケ・ゲーム・読書・食べること・寝ること

嫌い片付け・掃除・人混み・たけのこ

仕事:中卒からいきなり16歳で起業。挫折を繰り返しながらも現在はSNSやブログ等でアフィリエイト、Webライターなど在宅でできる仕事をしてるフリーランスママ。

自分で言うのもなんですが、先に行っておくと

誰よりも波乱万丈&面白すぎる人生だと思います。

もちろん、いい事ばかりの人生だからいつも楽しい!ハッピー!なんてことはないですが。

むしろ悪い事の割合の方が多いんじゃねーか?

ってぐらい自分不孝で親不孝な人生です。笑

興味がある人はサラッと見てくれたら。

そしてきっとあなたより低学歴で低スペックかので、希望になるはずです・・・笑

1997年普通のサラリーマン家庭に生まれる

1997年3月23日、超普通の家庭に生まれました。

兄弟は3個下の弟がいます。

お父さんは普通の会社員で、小さめの薬品会社の営業マン。

お母さんは、私たち兄弟が小学生になるまでは家にいてくれる専業主婦でした。

小さい子向けの体験イベントとか、公園、動物園、水族館などあらゆる所に連れて行ってもらっていて、かなり大切に育ててもらってたと思います。

年中になる歳から私立の幼稚園に通っていましたが、お母さん離れができずに行きたくないと泣いていたのを覚えてるし、人見知りすぎて友達の作り方もわからずでなかなかみんなの輪の中に入っていけないタイプでした。

小学校低学年で不登校、母が鬱に

幼稚園を卒園すると同時に、両親が一軒家を買ったので全く知らない土地に引っ越しました。

めちゃくちゃド田舎で、その地域の幼稚園は1クラスのみで20人ほど。

私とあと数名居た、ほかの幼稚園から引っ越してきた子を除けば、もう仲良しグループが決まっていて親同士も全員が顔見知り的な、超地元感溢れる小学校に入学しました。

ですが、幼稚園の頃から友達との付き合い方があまりわからなかった私は学校に行きたくなくなりました。

そもそもご飯を食べるのが遅かったので(それは今でも変わらず笑)給食の時間もキライで。

学校行きたくない…がピークに達した1年生の夏前「おなかいたい」を理由に学校を休みだします。

1日目は心配してくれたお母さんもだんだん察してきたようで、ある日無理やり引きずられながら学校に連れて行かれたのを覚えています(^_^;)

学校の前の田んぼで泣きじゃくる私。

担任の先生まで来て「学校行こうよ」ってほぼ無理やり学校へ行く・・・という日々が続いて地獄でしたね、当時は。

そんなこんなでほぼ不登校だったんですが、幸い隣の家に同じ歳の女の子が住んでいたこともあり、その子のおかげで徐々に学校に行けるようになり、3年生になるくらいの頃には普通に学校に行っていました。

するとある時、母さんの異変に気づきます。

寝たまま起きてこなくなったんです。

掃除も洗濯もご飯を作ってくれるのも全てお父さんに。

もちろんお父さんは仕事もしていたのできつかったと思います。

後でお父さんに「お母さんが鬱病になって起きてこられない」と聞いた時は、そういうことかと思いました。

理由は仕事のストレス(当時の仕事は保険の営業)と言っていたけど、多分私の事もあっただろう。

数カ月お母さんの鬱病が続いた後に、通院とお父さんのサポートの甲斐もあり、お母さんは仕事に復帰できました。

とはいえ、毎日ちゃんと帰ってくるか?自殺したりしてないか?

って心配してました。子供ながらに。

プロゴルファーを目指して鬼練習

そんなこんなでお母さんも社会復帰して、私は小学校3年生くらいからゴルフを始めました。

きっかけはよくある「お父さんの影響」です(笑)

自分から始めたわけでもなく、私はゴルフが好きなのかどうか?すら考えたことがなく、ただ「プロゴルファーになれ」というお父さんを喜ばせられたらいいなと思いながらやっていたんだと思います。

毎週日曜日はスクールに通って朝からお弁当をもって夕方まで練習。

家にゴルフネットを張って庭でも練習。

小6の頃は、ジュニアの試合の福岡の予選を突破して九州大会まで行きました。

おしくも数打差で全国大会出場は逃しましたが、頑張っていました。

多分スコアは85くらい。笑

ゴルフの道に挫折、非行少女に

そして中学生にもなると毎日放課後は練習場に直行。

夏休みも毎日朝から練習…

1度学校の部活に憧れてテニス部に入ってみたけど、ゴルフが優先だと親に言われて辞めることに。

この頃にはゴルフ=親にやらされてる

という意識が高まりすぎて、やる気もモチベーションもあったもんじゃありません。

もうゴルフしたくない、私だってみんなみたいに部活したかったし休みの日は友達と遊びたい!!!

、、、、が爆発した中2の夏。

初家出しました。笑

当時、GREEやDECOLOGなどのSNSやブログが流行りだしていたので、他の中学の友達も出来はじめた頃です。

隣の中学だった女の子の家に家出しました。ドキドキした…

しかもその子の家で生まれて初めて髪を染めたんですが、染め粉の使い方がわからずに2つ入れなければいけないはずの液体を1つしか入れておらずにめっっっちゃ金髪になると言う。笑

タバコもお酒もメイクもこの頃覚えたし、家出というか家に帰らないのは当たり前。

そんなこんなでどんどん悪い友達が増えて非行に走っていきます。

非行がいきすぎ施設にぶちこまれる

中2の夏から徐々に荒れだした私。

家に帰りたくなさすぎて友達を巻き込んで一晩中公園にいたり

川の岸を挟んで夜中にロケット花火の打ち合いをして通報されたり

当時の彼氏と原付をパクって警察に追いかけられて逃げ回ったり

もちろん学校にも行かず、昼間はカラオケで騒いだり

万引きも常習犯でした。

でまぁ、そんなことばっかりしてた私を見かねた両親に中3の夏休み前、ついに施設にぶち込まれました。

しかも静岡県。

夜の8時頃に車で福岡を出てから多分着いたのは次の日のお昼過ぎくらい。

今まで福岡県の田舎で育った私が、いきなり富士山が目の前に見える静岡県の「伊藤学校」という更生施設で過ごすことに・・・

施設で過ごした半年間

夏休みが始まったばかりだったたので多分7月の後半だったと思う。

いきなり施設で集団の中で規則正しい生活を送ることになった私。

「福岡帰りてーーー」「遊びてーー」

と思っていたのは案外2~3日で、施設には同じ歳の女の子はたくさんいて楽しかったです。

ちゃんと朝起きて、勉強して、飯当番はご飯を作って、美化して、午後は外で遊んで・・・

夏休みから約半年間を施設で過ごし、その後無事に更生した私は卒業式の前には地元に無事に帰ることができました。

無事更生した!はずが高校受験を寝ブッチ

施設から戻ったらもう中学も卒業。

周りのみんなは高校受験真っ最中でした。

そんな中、施設から帰ってきたばかりの私は名前さえ書けば受かるような私立の高校の受験をギリギリの所で申し込んだのですが、まさかの受験当日寝坊してブッチ。笑

中3の時の担任の先生も必死になって手配とかしてくれたのに本当に申し訳なかったですが、受けられなかったものは仕方ないと通信制の「クラーク記念国際高等学校」に入学しました。

通信制の高校だったので、月2回土曜日のスクーリングに行くだけでよかったのですが、勉強が嫌すぎで結局ほとんど行かずに1年で自主退学。

唯一、お金がもらえるバイトだけは続いていたのでひたすらバイトして友達と遊びまくっていました。




ネットで稼いでいる人とたくさん出会う

高校1年の夏。

遊び呆けてた私をお母さんが東京に連れて行ってくれました。

当時お母さんは営業の仕事をやめて、与沢翼さんのインターネットビジネスの塾の講師を務めていたので、その関連の仕事で東京にちょくちょく行っていたのは知っていたのですが、私も実際東京に行ってはじめて「ネットで稼いでいる人がいるんだ」ということを知りました。

いろんなセミナーやパーティに初めて参加して「アフィリエイト」って言葉も初めて知ったし、東京にはこんなすごい世界があるんだ!!!とめちゃくちゃ感動した記憶があります。

いきなり東京行きを決意し月収50万円。16歳で起業。

その後、高校も辞めていて自由だった私は東京に行こうと決意します。

幸いお母さんの人脈もあり住むところも確保できたので、行こうと決めた数日後には飛行機に乗っていました。

初めて住んだ場所は辰巳。

なかなか不便な所だったけど、豊洲のららぽーとにこもってはPCで作業していました。

最初はFacebookに注力して育てあげていき、Facebookでのアフィリエイト収益で16歳にして月収50万円を達成します。

SNSやアフィリエイトのセミナー講師としても活動するようになり、自信がついてきます。

そしてその後、いろいろなお仕事をするようになり、もういっそ法人化しちゃえ!なんかかっこいいし!っていう単純な理由で起業します。

結果的には税金の面などでも起業して正解でしたが、完全に勢いでした。

10代でしょ〜・・・と言われ決まるか決まらないか微妙だった仕事も、法人化した事によってすんなり決まったり。

22歳年上の人と結婚・妊娠

起業して少しした17歳か18歳の時に、仕事関係で出会った22歳年上のバツイチの人と結婚しました。(事情があり事実婚でしたが)

そしてまた少しして、娘を授かります。

18歳で妊娠・出産を経験したので人より少し早かったとは思いますが、幸せでした。

このままネットで稼いで幸せで楽しい家庭が築けたらいいな〜なんて思って。

このタイミングで、東京から福岡に戻りました。

月間40万PVブロガーになったけど人生どん底

妊娠を期に、妊婦さんやママさんユーザーが多かった「クルーズブログ」という無料のブログサービスでブログを始めました。

ブログ開設した直後は、もともと育てていたFacebookで最初は集客してアクセスを増やしたので、クルーズブログのママカテゴリの中で私のブログは爆速で伸びていき、

  • 歳の差が22歳ある夫婦
  • 10代で社長

という点で注目され、ブログ開設10日で100,000pvを達成。

美容グッズやサプリの販売元の方からたくさんアフィリエイトの案件ももらえるようになり、無料で始めたブログが月に数万円を生み出してくれるブログへと成長してくれました。

最初はめちゃくちゃ嬉しかったのですが、その反面ボロクソに叩かれるようになりました。

ブログのコメントにも、アフィリエイト=詐欺とかブスとか載せてるご飯の写真がまずそうとか。笑

某掲示板にも散々叩かれて怖くなりました。

住所を特定されたり、自分だけならまだよかったのですが、子供のことも散々書かれていたり。

もしこのブログのせいで子供に何か影響があったら嫌だと考えて、ブログ開設10ヶ月目で月間40万pv・収益は10万円ほどのブログを削除しました。

と同時に、積み上げてきたFacebookのアカウントも削除しました。

全てが敵に見えて怖くて怖くて仕方なかったんです。

パニック障害も発症し、突然過呼吸になることが多くなったりなにかと塞ぎがちに・・・

元旦那とも、結婚して数年経った頃からだんだん仲も悪くなりました。

お互いパソコン仕事だったから毎日24時間一緒にいるわけだし、共同でやっている仕事などもあり仕事とプライベートの境目がわからなくなってきたんですね。

仕事や家族に対する価値観も合わずに、別れることを決めました。

子供に罪はないので心苦しかったですが、両親揃っているから幸せだという保証もありません。

かなりモメて、なかなかスッキリ別れられずにズルズル面倒な事になって当時は本当に死んでしまいたかったです。

インターネットの仕事に対しても嫌気がさしたので、会社を休業。

私はネットの世界から消え普通に働きはじめます。

今までずっとネットの中で仕事をしていたので、久しぶりに人と関わる仕事は楽しかったし毎日そこそこ充実していました。

こうやってみんな会社に属して消耗して年老いていくのか・・・と何度も絶望しかけましたが

ネット=恐怖に変わってしまった私は、ネットで生きていくという選択肢は見えていませんでした。

今の旦那との出会い・どん底から脱出

それが人生悪い事ばかりも続かないもので、毎日保育園に子供を送ってから仕事に行って帰る、という日々に慣れてきた頃。

今の旦那さんとの出会いで劇的に生活が明るくなりました。

子供の事も受け入れてくれ、本当に自分の子供のように接してくれる。

気持ち的にもかなり楽観的に生活できるようになってようやく心から笑える日常を取り戻した感じ。

そして数ヶ月して、結婚することになりました。

ネットの世界でもう1回頑張ろうと再起

結婚を機に1度自分を見つめ直そうと仕事をやめた私は、結局何をして、これからどんな人生を送っていきたいのだろう?

と考えた時に、やはり会社や時間・お金にとらわれる人生は嫌だと再確認しました。

もしこのまままたどこかの会社で働くことになったら消耗の日々が待ってる。

でも私には幸い過去にアフィリエイトで成功した過去がある。

そう考えた時に、もう1度頑張ってみてもいいのではないかと思えたのです。

アンチに叩かれようが、詐欺とかブスとか言われようが、住所を特定されようがその人たちより幸せだったら良くない?と自分に問いかけブログ×SNSでの再起を決意しました。

そして現在に至ります。

叩かれてネットに恐怖を感じた過去があるからこそ、また実名顔出しで発信していく事にしました。

自分の経験を踏まえて、子育てをしつつ自宅で稼ぐ方法を発信していけば経済的に自立できる女性が増えて「ママだから」という価値観の制限みたいなものを壊していけるのではないかと思っています。

ものすごーく長くなりましたが、ここまで読んでくださってありがとうございました!

このブログを見に来てくれて、ここまで読んでくれた方の希望になってくれたら嬉しいです。

Twitterでも気軽に絡んでくださいね( ´ ▽ ` )ノ